元小学校教員のもっと生きやすく・楽しくなるんじゃないかブログ

小学校教員病休→休職→退職。幼い2児の育児中。誰にでもその人固有の良さがある。それを輝かせて、よりよい人生を歩んでいきましょう。

近況報告。ブログのこと、娘の小学校のことなどつらつら。

こんにちは。kazです。

 

相変わらず、

悩み、考え、ひらめいて、

わかったことをシェアする日々を送っています。

 

ここのところ、投稿がなかったのは、

実は、Wordpressでブログを公開し始めたからです。

 

ちょっと驚いたのですが、

こちらで更新しなくても、

毎日アクセスがあること、

日によっては100近くも伸びていること。

 

ということは、

私が悩んでいることや

シェアしていることは、

誰かの知りたい情報であり、

誰かの役に立っている

ということなのかな?

と勝手に解釈しています。

 

こちらでこれからどのように投稿していくか、

未定ではありますが、

もしご関心ありましたら、

新しいブログものぞいてみてください。

https://thinking-kazuking.com/

 

全然整っていなくて、

整えることよりも、

アウトプットが好きなので、

そちらに注力している感じです。

 

もっと読みやすく、

もっと誰かの助けになるように、

もっと私の才能が光るように、

進化していけたらいいな、と思います。

 

 

そういえば、

以前、我が子を小学校に行かせるかどうか、

という記事を書きました。

反響がけっこうあった記事です。

どんな決断をするのか楽しみにしていますっていう

コメントまでいただきました。

 

とりあえず、

3月中には他県へ引っ越して、

住民票が移ります。

が、そこに定住するつもりはなく、

ノマド的暮らしをしたいなーって思っています。

遊牧民みたいに。

面白そうなところに赴いては、

体験して、学んで、

そして発信する。

それが、私の生き方に一番合っている気がするのです。

夫も巻き込んで、退職してもらうことになってしまいました。

もちろん、子どもも巻き込んでしまいます。

 

そう、そうすると、

学校に毎日通学するってことにならないような

気がするんです。

学校に行くよりも、

国内外、様々なところで様々な体験をした方が、

よっぽど勉強になるっていう考えもあるし、

親が自分の好きな事を追求する、

人生を謳歌する、

っていう姿を見せたいっていうのもあるし、

今はそんな未来になるんじゃないかと

思っています。

 

でも、全然わかりません。

実際お金に困るかもしれないし、

子どもが学校に行きたがるかもしれないし、

家族が病気になるかもしれないし、

どうなるかは予想がつきません。

 

そんな状況です。

 

 

まだまだ、悩んでいます。

そう簡単に、人生がスムーズに進むなんてことは

ないんだって、わかった今日この頃です。

(最近の新ブログの記事にも書いています)

 

そんな中で、

今の私にできること、

今の私にしかできないこと、を

模索しながら、

進んでいきたいと思っています。

 

今後とも、どうぞよろしくお願いします。

 

「好きなことで生きる」を掘り下げてみた。~人生を超充実させている3人の例を挙げて~

こんにちは。kazです。

 

夫と二人の子どもを家から追い出して、

昨晩から一人で家にいます。

なんて言うと、やばい妻・母のようですが、

相当やばい人です。ww

一般常識に当てはめるとね。

私は一般常識では生きない、なぜなら、

そのせいで真っ暗闇に放り込まれた辛い経験があるので。

常識や価値観は自分で作っていけばいいんだと知って、

とても楽になりましたし、楽しい人生を生きています。

そしたら、友達減るんじゃないかと思いますか?

友達は増える一方です。

同じような感覚で幸せに生きている人がたっくさんいました。

だから、めっちゃ満たされています。

 

そんな新たな価値観の一つに、

「好きなことだけやって生きていく」

というのがあります。

今日はそれを掘り下げていきまーす。

 

 

昨日の記事でも書いたのですが、

家族を追い出したのは、私のイライラが発端です。

子どもをまったくかわいいと思えなくて、

やる事なす事、全部カチンときていました。

夫には完全に八つ当たり。

その勢いで、

「やりたいことあるから、

 子ども連れて泊りにいってくれない?」

って言い出していました。

 

実は心の奥の方では、

 寝かしつけどうするんだ?

 泊り先だって決まってないのに無理でしょ。

 本当は私だってこわいよ・・・

 

でも、このゾクゾクは、きっと経験した方がいいヤツだ。

夫も、私のことをよくわかっているので、(最高のパートナーでしょ)

「本当にやりたいなら、そうしてみよう」

って、その場で泊り先を確保。

 

もう後に引けなくなりました。

 

夜、私と愛犬だけになり、

とりあえずお風呂に入りました。

そして、

湯船で泣きそうになったんです・・・

 

 自分のためだけにお風呂を洗って、

 自分のためだけに湯船を張って、

 自分のタイミングで体を洗って、

 湯船につかる・・・

 

 私はこれがしたかったんだーーーーーー

 

心から満たされる感じ。幸せ。

”私”を生きてる。

 

普段、平日昼間は、

好きなことを自由にやらせてもらっています。

情報発信、環境保護ボランティア、

気の合う人たちとランチ、

空いた時間に勉強。

こんなに恵まれているんだから、

家事育児をがんばらなきゃって無意識に思っていました。

これって常識的な感じしますよね。

その常識に縛られていたんです。

 

家をきれいにして、

洗濯して、

体にいい食事作って、

夕方以降は子どもたちに注ぐ。

やらなきゃいけない、当たり前でしょ。って。

 

好きなことを自由にしている、と書いたけれど、

振り返ってみると、

結局、フリーの時間も、

子どもたちのために〇時には家にいなきゃいけない、

先にこれを済ませておこう、

今日は家にいられるから作り置きしておこう、

って、家族のためにやっている時間が多い。

自分のための時間をあまり取れていなかったんです。

 

それが、湯船に浸かって、わかりました。

その後、

自分のためだけに、ごはんを丁寧に作って、

ゆっくり味わって食べたのですが、

もう本当に至福でした。

 

「自分のためになること」を、どれだけやっているかで、

幸福度が変わってくるってこと!

 

じゃあ、

「自分のためになること」って?

 

その一つは、

「好きなことをやる!」ってこと!

 

私の場合は、

「自分に向き合う」ということが、大っ好きなことなんです。

内省して、今自分が何を感じ、何を考えているのかを見つめること。

しかも、それを発信するってことも大っ好き。

なので、この二泊三日のおひとり様生活で、

それを実行できることが、何よりも「自分のため」。

 

前にも記事にしたのですが、

「好きなことに汗をかく」ができたら最高です!

 

最近、汗をかくほど、できてなかったなー

だからあのイライラだったんですね。

 

じゃあ、仕事をしていて、育児をしていたら、

好きなことに汗かけないじゃん。

って思いますよね?

こんな例もあります。

 

私の友達Aちゃん、3人の子持ちです。

5歳、2歳、0歳、めっちゃ大変な時期です。

私だったら、逃げ出しますw

でも、彼女は本当に幸せそうです。

楽しそうに育児をする彼女を見ていて、

なんて私はダメな母親なんだろうって思ったことも。

でも今はわかります。

彼女は、育児が「好きなこと」なんです。

聖母のように微笑み、仏のように見守る。(表現下手すぎw)

それがAちゃんの才能です。

なんの努力もなく、それができてしまう。

結婚する前から言ってましたもん、

「子どもは3人ほしいなー」って。

 

また、別の友達Mちゃん。

子どもを二人育てながら、小学校の教員をしています。

私のように「辞めたい」なんて、

一生思わないんだろうなってくらい、

教員の仕事が大好きです。

子どもたちを育てることに使命感を持っています。

学生時代から「学校を作りたい」って言っていましたし。

彼女にとって、学校が才能を生かせる場所なんです。

 

また別の友達Hちゃん。

彼女も二人の子持ちで、小学校の教員です。

Hちゃんは、

Mちゃんほど仕事にのめり込んでないし、

Aちゃんほど育児に力を注いでいるわけじゃない、

週末は家族を置いて、趣味に走っているような感じ。

(今は男友達とキャンプ三昧だそうw)

全部器用にこなして、人生を超充実させています。

いつもめっちゃ楽しそうだなーって羨ましかった。

それは、好きなことをやり続けているからなんですね。

 

 

育児やっても教員やってもうまくいかない、

さらに趣味もなかった私は、

この3人が、本当にまぶしかった。

私は、つまらない人生を歩むんだなって、

本気で思っていました。

生きにくさを感じてしまうのは、仕方がないことなんだって。

ある意味、人生を諦めていました。

 

が!!!

 

自分の本当の思いに気づき、

私なりの才能に出会い、

それを現実の世界で生かせるようになって・・・

人生が輝きはじめたんです。

まぶしい人になってるはず!ww

 

 好きなことに汗をかくと、人生がめっちゃくちゃ充実します!

これは、一つの概念なだけで、

3人の例のように、意識していなくても自然にできて、

幸せな人生を送っている人はたくさんいます。

 

もし、かつての私のように、

人生がつまらない、とか

生きにくさを感じる、って思っていたら、

「自分のため」にやっているか?

「好きなこと」をやっているか?

という視点で眺めてみてください。

そして、自分の本当の望みに沿った生き方ができると、

人生が変わっていきます。

 

人生は自分でつくれる!

辛くするか、楽しくするかも、自分の選択次第ですよ~

 

こうやって、自分のために、

好きなことを思う存分やったら、

子どもたちや夫に、

「ありがとう、大好きだよ」って心から言えます。

そのために、おひとり様時間を大切に使います!

物事を成就させるためには、目的を見失わないこと&相手への尊重と理解です。~YouTube『タモリが語った「戦争が無くならない理由」とは?』を視聴して~

こんにちは。kazです。

 

みなさんはYouTubeって利用していますか?

私はいつも家事をしながらイヤホンで聞いています。

学びになりそうなものを選んでいます。

 

今朝はキングコング西野亮廣さんのを聞いたのですが、

めちゃくちゃ心に刺さったので、記事にしました。

 

タイトル:

タモリが語った「戦争が無くならない理由」とは?

(ネタばれになるので、聞きたい方は先にチェックしてくださいね!)

 

西野さんとタモリさんが飲んでいた時の話で、

いつもはくだらないネタで飲み明かすのだけど、

珍しくまじめな話になったそうです。

 

タ「戦争が何で終わらないか考えたことあるか?」

西「ないっす。なんでなんすかね?」

タ「愛があるからだよ」

 

・・・グサリ。

 

その心は、

大切なものを壊されたら、相手を恨む。

愛さえなければ、なんの感情もなければ、

戦争は起こらない。

植物が戦争なんてしないのは、

生命を繋ぐだけで、そこに感情はないから。

でも人間は感情がある。

愛がある以上戦争はなくならない。

さあどうする?

 

この話に、私の心は激しく揺さぶられました。

愛があるから戦争がある・・・

 

 実は、今朝も子どもと夫にイライラしていました。

その勢いで、週末は私もやりたいことがあるから、

泊りででかけてくれないか?と持ち掛けました。

 

なんて私は酷いヤツなんだ、

と思う反面、

離れてわかることもある、それが知りたい!

 

急遽、民泊と実家泊とで

2泊3日離れて過ごすことにしたところでした。

 

戦争とはわけが違うかもしれないけれど、

私にとっては戦いです。

研究なんて甘ったるいことじゃない。

戦いじゃ!!

 

そんな時に耳に入ってきたYouTube

私が戦うのも「愛があるから」??

愛だったとしたら、

これは私自身への愛?家族への愛?

それとも・・・?

 

以前にも書きましたが、

私の願いで、まず先に来るのが「家族が幸せであること」。

なのに、家族を邪魔もの扱いしてしまう私。

自分のことなのに、理解不能です。

 

そもそも、家族をそんなふうに扱ってまで

今私がやりたいことって、何だろう?

→ビジネスを勉強して、仕組みを作って、成功させたい。

なぜ?

→それは、家族を幸せにしたいから。

 

「家族への愛」から始まったはずなのに、

上手く進まず、イライラして、

戦いが勃発してしまい、

結局、

大事にしたい家族を傷つけることに。

 

愛があるから戦争がなくならない。

愛が強ければ強いほど、

それが成就されないとき、

攻撃性となってしまう。

 

わかるようで、とても複雑です。

 

 

話は変わりますが、

環境保護活動をしていて、いろんな情報に触れます。

そこで感じる違和感も、

実は「愛」が発端なのかもしれないと思いました。

 

環境を守りたい、動物を守りたい、

私たちはみんな地球の住民なんだから、

守らなければならない!

守らない人はおかしい!

 

とても攻撃的な発信もあるので、

正直いい気持ちはしていませんでした。

でも、そこには愛がある。

正しいか、正しくないかは置いておいて、

愛を貫きたいという思いを、感じ取れます。

とても素晴らしいことです。

簡単に否定できるものではありません。

 

また、

私は、自然に育った野菜や果物を好みます。

りんごは蜜が入っていてきれいな赤色が美味しい、

というのは、違うと思う。

品種改良によってそうなったものだから、

それは自然じゃない。おかしい!

 

一方、リンゴ農家さんは、

美味しく食べてほしいという、

食べる人への愛を込めて作っている。

 

そうやって世の中のことを眺めてみると、

すべて愛から始まっている。

それがいつしか、戦いのような構図になってしまう。

それは、

目的が見失われているからなんだ。

 

守りたい、大切にしたい、という

純粋な愛の目的が、

 

わかってくれ!

間違っている!

同じように行動してくれ!

お前はおかしい!

 

相手を押さえつけることが目的になってしまう。

 

私は愛の押し売りをしていたのか~

 

私は家族との関係に悩んで、常々思うことがあります。

それは、

同じ人生は歩めない

ということ。

 

一緒に暮らしているから、どうしても

同じことを望んでいるんじゃないかと

思ってしまいがちなんですが、

優先順位も、好きなものも、やりたいことも、

価値観はみんなバラバラ。

家族でそうなんですから、

他人だったらなおさらです。

 

 

そんな人同士がいて、一人の愛を貫こうとすると、

別の人の愛が成就しなくなる。

だから戦いは終わらない・・・

戦争が終わらないのは、愛があるから。なんですね。

 

でも、私の家族間での戦いは終わる未来が見えます。

こうやって考え続けているし、

現に、スッキリしてきました。

戦いじゃ!と言っていましたがw

戦いを終わらすための挑戦じゃー!に変えますww

 

身の回りで起きている、

小さないざこざも、

負の感情のぶつかり合いも、

戦争も、

愛が根源にあるんだと思うと、

私はなくなると思います。

だって 愛 なんだもん(説得力なし)

 

それぞれの愛を理解し、尊重すれば、

戦わずに、お互いの愛を全うできるんじゃないでしょうか。

手を取り合えば、成就は近づくんじゃないでしょうか。

 

そのためには、目的を見失わないこと。

私たちは、愛のために動いているんです。

 

まずは、わたくしの家族から、

愛のすれ違いをなくしていきましょう。

 

今夜から、愛犬と二人の生活。

離れて初めてわかることがある・・・

ってもう寂しくなってきましたが、

私たちの愛の形を確かめる時間にしたいと思います。

 

解決したい問題があったら、それをどうにかしようと動かずに、余白のあるマインドに整えることが先。そしたらすべて解決!

こんばんは。kazです。

 

環境保護活動をしています。

教員経験から、教育業界も何とかしたいと思っています。

人生に何となく違和感がある人、

突破口が見つからない人の助けにもなりたいです。

 

もうとにかく世の中問題だらけ!とか思っていますが、

マンションを売却する段階になっていて、

部屋の片づけが思うように進まない、

なんていうプライベートなちっさい問題も抱えています。

 

どうにかしたい問題に直面したら、

それを解決しようと焦らずに、

マインドを整えることが先、

自分の心地良さを優先しちゃえば、

これこそ根本解決になるじゃん! 

 

というなんだかラッキーな気付きを得た話です。

 

 

明日、マンションの内覧予約が入りました。

まだぜんっぜん片付いてない我が家、

こんなに急遽話がくるの!?

不動産屋さんよー、もっと事前にさぁ…

という気持ちを抑えつつw

朝起きてすぐ、夫と

「どうやって迎える?」

「まあ、できることやるしかないよね」

そうなんです。

ジタバタしても、現実は変わらないので、

やるしかないんですけど、

 一日で何ができるんだーい!

って思ってしまうのが私。

今までスッキリした家に住みたいと思いつつ、

なかなか捨てられない女なんです。

 

つい昨日も、

使わなくなったポーチを眺めながら自己対話してました。

 

これ使わなくなったな。

んーでも使い勝手はいい。

何かに使えるかもしれない。

でもこうやってとっておくから物が減らない。

捨てようか?

無くても困ってないよね?

あんなふうに使ったらどうだ?(妄想)

変な安いやつと交換しよか?

まあ何らか使うかな。

いや、ここで思いきって捨てたほうが人生良くなる。きっと。

よし、明日考えよう。

 

ってね。わかっちゃいるけどやめられない。

 

逆に夫は、ポンポン捨てる人。

安いものはもちろん、

高いものでも、

ちょっとサイズが合わないと思ったら、

売るとかあげるとか捨てるとか、

手放すことができる人。

本当に何の躊躇もなくポンポン。

 

それでですね、

私は環境問題NGOにも関わっているので、

ゴミをできるだけ排出したくないっていう思いがあります。

レジ袋をもらわない、

そもそも余り買い物もしない、

飲み物はマイボトル、

基本自炊、

とか、

そのくらいで、ゴミは結構減らせます。

 

そんな生活を当たり前としている私なので、

夫に疑問を投げかけました。

「必要なものだけに囲まれた生活は素晴らしいと思う。

 でも、ゴミを出しているという点に関してはどう?」

 

そしたら、夫の神がかった答えが返ってきましたw

「自分にそぐわない物を持っていると、

 それだけでちょっとしたストレスになってるよね。

 自分が気持ちよく身に着けられるものだけ持っていれば、

 心に余裕ができて、

 それこそ、環境問題にも積極的に関わろうとする気持ちも

 生まれるだろうし、 

 それが循環なんじゃない?」

 

!!!してやられたーーー。w

例えば、ちょっと合わない靴を履いているとか、

ちょっと肌触りが悪いものとか、

ちょっと気に入ってないけどとりあえず使ってる物とか、

ほんのちょっとだけどストレスがかかってしまう。

さらに、日頃のいろいろも積もってくると、

アイス買っちゃおう、チョコ食べちゃおう、

今日はがんばったからコーヒーにケーキつけちゃおう、

になっちゃうんですよね。

 

いつもゆとりがあって、穏やかな人って、

ブレることなく、余計なものは買わないし、

人に優しいし、環境にも優しい。

それって、自分に好きなものをわかっていて、

それを身に着けているし、

そういう人と一緒にいるし、

そういう家に住んでいて、

そういう働き方をしている。

つまり、ストレスになるようなものを持っていない。

ちゃんと手放せている人なんですね。

 

ということは、

ゴミを減らしたいと思っている私は、

自分の好きなものを知って、

それに囲まれて過ごすこと、

好きなもの以外は手放せる人になること、

そして、そういう人を増やしていくこと、

これをやったらいいんだ!

 

一時的にゴミは出てしまうかもしれませんが、

長期的に見て、持続可能な環境保護活動なんじゃないか?

 

 

実はずっと気になっていた点です。

せっかくいいことをやっているのに、

目先のことだけで動いて、

本質的なことが解決できていないような気がする。

環境保護だったり、教育だったり、育児だったり、

ビジネスだったり、情報発信だったりいろんなことが。

 

私たちが目指すのはなんなのか?

先の先の未来を見据えて動くことが大事なんじゃないか?

 でもどうすればいいのか?

 

すぐに結果を出そうとするから、

小さい反応というか成果しか返ってこなくて、

だからもっと欲しい、なんか足りないっていうことになる。

焦りとか、待てない状態が生まれる。

攻撃性も生まれる。

そしたら、いいもん返ってこないですよね。

悪循環。

 

本当に変えたいのであれば、

根こそぎごそっと汚れを取るってことですね。

ゴミ問題解決したければ、

ゴミを出す人間のマインドをガラッと変えないと、

根本解決にならない。

教育問題を解決したければ、

教育関係者のマインドをごそっと。

 

なんだか1個のポーチの話が、

壮大な話になりつつありますが…w

 

みんな忙しいんです。

何だかやらなきゃいけないことがいっぱい。

知らない誰かにあおられてる。

焦って失敗しちゃった、もう!!って。

 

でも本当に忙しいのかな?

誰が急かしているのかな?

 

世の中が豊かになって、

何でも手に入る、あらゆる知識もタダで見られる、

人の生活や人生まで見せてくれる。

必要かわからない物だったり、情報、人間関係に

振り回されているのかもしれない。

 

私もかつて、

小さいことを気にしてウジウジ、イライラして、

いつも不満足で、

だから小さい成果しか返ってこなくて、

それでまた不満たらたら・・・

そんな悪循環の中にいました。

 

少しずつ手放していき、

本当に自分に必要なもの、大好きなものがわかってきたら、

それだけで人生楽しいんです。

エネルギーに満ちているから、

人や環境にも優しくなれる、

貢献していることで感謝され、満たされて、

それがまたエネルギーになって…

っていう止まらない好循環に入れました。

 

問題の大小ではなく、

結局、そこに関わる人のマインドが問題なんですね。

余白のあるマインド。

だから、

どうにかしたい問題に直面したら、

まず、自分の心地良さを優先することから始めればいいんです。

どんだけ大きな問題も、

それに関わる人たちにゆとりがあれば、解決できるはず。

 

手放して、大好きなものに囲まれて、スッキリしたら、

問題も問題じゃなくなる、なあんてことも、

よくありますよね。

一番うなずいているのは私なんじゃないか?w

 

ゆとりある穏やかな人たちと、

好循環な世界を作っていけたらいいですよねぇ。

 

よし、まず部屋の片づけをして、

マインド整えよう。

無事にマンション売却できて、

移住生活の良いスタートが切れますように!

私が家族を軸にした人生設計をしているのは、代々受け継がれた負の連鎖に気づいたから。それを断ち切る使命がある。

こんにちは。kazです。

 

昨年末、予祝会というイベントを企画して開催しました。

未来の在りたい自分を前もって祝ってしまうという会です。

「2020年〇〇が決まりましたー。カンパーイ!」

そして、その自分になったつもりで質問に受け答えし、

どんどん未来の自分に近づいていくというもの。

とても面白い趣旨で、

これからの人生に弾みをつけるだろうと確信したので、

仲間を集めてやってみましたが、

とても難しかった~。奥が深かった~。

簡単にはできなかったけれど、

これは極めたら、人生変わるきっかけになり得ることは理解した、

まあ、反省点として次回に生かすことにして、

 

その予祝の中で、私について質問されたことに、

うまく答えられなかったことがありました。

それは人生進めていくうえで大事な部分なので、

しっかり答えを持っておきたいと思い、

整理してまとめるために記事にします。

 

予祝の内容:

 2025年3月、

 私たち家族の変化し続ける人生の歩みが

 書籍化されることになりました!

 

おめでとう~

いやー、びっくりしたよー

読んだけど、あそこでぼくが登場してたとは!

とか、ひとしきり盛り上がったwその後に、質問タイム、

 

kazはどうして家族を軸にしているの?」

 

と聞かれました。

そう、私にとって『家族』ってとても重要。

これからの未来を思い描いたときに、

必ず『家族』の存在がある。

しかも家族が幸せであることを心から望んでいる。

いろんなワークに取り組んだけど、必ずそれが出てくる。

だから、私は家族を軸に考えているのは自明だった。

 

でも、なぜそれほどまでに『家族』が重要なのか?

 

自分で納得する答えが出せなかったのが引っかかっていました。

あれから、考えていたようないなかったようなですが、

時間の経過とともに、いろんなものが繋がってきました。

 

それは、母の生き方、祖母の生き方にまで遡ります。

 

お正月休みに、日本酒をちびちび飲みながら、

母が話し始めました。

 

「おばあちゃん(私の祖母)に言われて一番辛かったのが、

 『惨めな思いをさせてしまって・・・』

 って言葉」

 

本人の了承を得ていないので詳しいことは書けないのですが、

少々複雑な生い立ちで、

祖母はそれを申し訳なく思いながら育てていたのだと思います。

それを受けて、母も、

惨めさを周囲に悟られまい と、しっかり者として生きてきた。

当時を振り返って母は、

「突っつかれないように、鎧を着ていた」

と言いました。

 

そんな母は、私たち子どもをきっと

惨めな思いをさせまい と必死で育ててきたんでしょうね。

そこには確実に愛はあった。

しかしながら、母の理想とする円満な家庭ではなかったので、

母自身の自己実現はかなわなかった。

だから、子どもである私たちに、

その負の感情はいつも降り注がれていました。

円満じゃないなんて、突っつかれたらたまらない。

感情むき出しに、ヒステリックに怒る母の残像はあります。

愛をもって育てているのにもかかわらず、

そういうことも起こり得るんですね。

 

そして、私、散々書いてきましたが、

我が子、特に娘に、辛い思いをさせました。

 私の理想はこんなんじゃない!

 どうしてわかってくれないの?

 お母さんの気持ちを考えてよ!

 

幼い我が子に向ける言葉ですか?

母を受け継いでいるなーと思います。

でも、母を責める気持ちはもうありません。

だって、これは母と私だけの問題じゃないから。

祖母も相当苦労した人です。

子育ての面だけでなく、戦争、大震災、恋愛、夫、と

断片的にですが、話してくれたことがありました。

そして、曾祖母にも、その歴史があったし、

その上の代にも、もっと上にも・・・

 

脈々と繋がってきた中にいる、私。

もうそれだけで、私って貴重な存在だなと思えます。

 

それで、私は、

3世代続いている家族にまつわる負の連鎖に気づいたんです。

・母から娘へ負のエネルギーが渡されていること

・母はみな起業家向きであるが、家族によって断念していること

・夫との関係性が不良であること

 

気づいたその連鎖を断ち切ることが、私の使命だと思いました。

でも、きっと、私が気づいたのも必然で、

それを正の連鎖にしていける私だからこその使命なんです。

祖母の家を改修し始めたのは、言葉にはできなかったけれど、

このことを感じていたからなんだと思います。

祖母の家を片付けていると、戦時中の写真や文書が出てきます。

どんな形の家族だったのか、どんなことを望んでいたのか、

私はここで何をしたいのか、何を見たいのか、

そんなことを感じ考えながら作業できて、とても幸せです。

 

 

私にとって家族とは、

 『長年果たせなかった願いをかなえられる場所』

なのかもしれません。

どんな形で我が子たちに引き継がれるのか、

それは私の選択次第。

でも、使命を果たさなくては!とか硬くならずに、

楽しみながら進んでいきたいと思います。

非スピリチュアルな私が語る「引き寄せの法則」~幸せもイライラも自分で引き寄せている~

こんにちは。kazです。

 

引き寄せの法則 って信じますか?

 

かつての私は、まずもってそういうスピリチュアルな感覚とは縁遠い人で、

その言葉すら知らなかったと思います。

堅実に目の前のことをこなしていくことでしか幸せはつかめない、

って考えてました。

 

それが、そんな私が、

引き寄せてる~ってウキウキしているんですから、面白い。

 

スピリチュアルかどうかは置いておいて、

今日は「引き寄せ」につてい書きます。

 

変わらず、

第六感的なものはないし、見えないものは見えない、超現実派です。

 

でも、思考・認識を変えるだけで、

なりたい自分に近づき、望む未来を手に入れているのです。

 

例えば、前にも書きましたが、

「自信がある人になりたい、自分を語れる人になりたい」は叶ったし、

「北海道に1か月滞在する」もこれから叶うし、

「古民家改修してカフェにする」もイベントスペースにすることに変更したものの、

これから叶う予定です。

 

ほら、何でもできちゃうんです!

「そんなことできるはずがない」という思考が、できない現実を引き寄せ、

「何でもできる」という思考が、できる現実を引き寄せています。

 

 

私もまだまだ嫌な現実を引き寄せていることは数多くあります。

特に、イライラする現実。

去年はベスト・オブ・イライラニストに選ばれました。w

というくらい、ちょっとしたことで、イライラしていた私です。

 

先日、娘の言動を見ていて、

「イライラする現実を引き寄せてるわ~」と思ったことがありました。

 

年末休み、家族でのんびり過ごしていた時のことです。

 たまたま観ていたテレビに、ラグビー選手が出てきました。

我が家はテレビをEテレ以外ほぼ見ない家庭なので、

全然知らないのですが、有名な人のようです。

それを見て5歳娘が、赤ちゃんがにぎにぎする用のボールを持ってきて、

蹴り始めました。

狙いを定めて、助走、蹴る、ゴール!やったー!

の繰り返し。楽しそうに何度も。

 

一緒にいたはずの2歳息子は、何の脈絡もなく、

クローゼットからキャリーバッグをコロコロ転がしてやってきました。

マイペースに転がして満足している様子。

 

広いといってもマンションの一室のリビング、

そんな二人が、思いっきりやりたいことをやれるスペースはなかったものの、

譲り合いながら、お互いのやりたいことをやっていた数分間。

弟のコロコロ通り過ぎるのを待つ娘、

姉の蹴り終わるのを待つ息子・・・

しかし、お察しの通りw、そんな穏やかな時間は続かず、

娘の堪忍袋の緒が切れました。

 

「〇〇ちゃん(弟)がいるからできないー!!」

 

イライラし始めると、もう止められない娘、

それは以前の私と全く同じ、私の思考の仕方から学んでしまったので、

申し訳ない限り…でもそれを言っててもしょうがない…

 

話を進めますね。

 

私の場合は、「こうでないと達成されない」という理想形が強すぎて、

それが叶わないことにイライラしてしまいます。

だからつまり、「道が一つしかない」みたいな感じですかね。

 

一度イライラスイッチが入ると、

「周りにあるもの全てが私を邪魔するもの」になっていくんです。

今までなんとも思っていなかった部屋の散らかりが気になる、

あの人の言動が気になる、

味方だと思っていた人すら敵に見える、

やらなきゃいけないことがいっぱいあるような気になる、

あれも邪魔!これも邪魔!

私の道を塞ぐものばかりーー!って。

 

娘に話を戻して、

この時の娘は、広いスペースが必要で、

自分が蹴ったらいい感じでボールが飛んでいき、

気持ちよくゴール!って言ったら達成だったんだと思います。

 

でもそこに弟のマイペースなコロコロが入ってきたという…w

 

コロコロ邪魔!

弟いなくなれ!

お父さん話しかけないで!

ソファー蹴る、テーブル押しのける、

全てに当たり散らす・・・

 

全部邪魔ものになってしまいました。

 

傍から見ている大人からしたら、

・通り過ぎたら蹴ればいいじゃん

・場所を変えたら?

・むしろキャリーバッグに当たったらゴールとか面白そう!

って、簡単に思えてしまいます。

 

つまり、同じ状況に陥っても、その人の考え方次第で、

イライラがやって来ない場合もあるってこと。

 

当然、子どもは視野が狭くて、選択肢が少ない。

だからイヤイヤ期があって、

その時の周りの対応で、子どもの世界を広げていって、

困難を乗り越える力をつけていくんだと思います。

だからいいんです、思う存分イヤイヤ・イライラしていれば。

それが世界を広げることになるから。

 

同じ状況でもイライラしない現実もあり得るってことは、

私が今抱えているイライラは、

私の何か偏った思考がもたらしたもの?

穏やかなあの人だったら、イライラする?

どうやって対処する?

 

私は結構こうやって、分析に持っていき、イライラを落ち着かせます。

 

でも、いいんです、思う存分イライラして。

それは自分を知るきっかけになるのだから。

世界を広げることに繋がるのだから。

イライラを引き寄せているのは自分だという認識があれば。

それだけで、現実は少しずつ変わってくると思います。

 

自分を責める必要はない!(←自分に言い聞かせるw)

 

 

職場とか学校とか公共の場とか、

いろんな価値観が混在している場所って、イライラしがちですよね。

夫は、駅のホームで、並んでもないのに先に入って座ってる人に、

イライラしているそうです。

めっちゃ穏やかな夫ですが、その話になると黒いものが出ますw

私は逆にその状況ではあまりイライラしません。

家族に対して、何で私の気持ちわかってないの!?ってイライラすることが多い。

人によって、イライラポイントが違うみたいですね。

ってことは、

そのイライラを引き寄せている自分の思考に何らかがあるんですね。

 

 

幸せを引き寄せるのも、不幸せを引き寄せるのも、

良好な人間関係を引き寄せるのも、

借金を引き寄せるのも、

鬱を引き寄せるのも、

ビジネスの成功を引き寄せるのも、

愛を引き寄せるのも、

ぜーんぶ自分の思考・認識によるもの。

 

そう言えば、

私は愛をもらったことがないと思っていたのですが、

愛をもらい続けていたという事実に気が付きました。

愛はずーっとすぐそばにありました。

自分の思考・認識が変わって、見えてきました。

 

スピリチュアルの世界はやっぱりわかりません。

超現実に生きる私が語る「引き寄せの法則」でした。

 

依存体質だった私が、自立できたワケ。そして北海道にてさらに自立を目指す!

こんにちは。kazです。

 

4月に1か月間北海道に滞在することが決定しました!

場所はパーマカルチャー研究所。

パーマカルチャーって?

ググってください。w

どのページにも出てくるキーワードは『持続可能』だと思います。

『持続可能』のためには、自立していることが必須です。

北海道滞在の一番の目的は、『自立的生活を体験する』こととしています。

 

これまでいかに『依存』していたか、

そしてこれからの時代『自立』がどれだけ重要か、

そんなテーマで書いていきます。

 

まず、滞在するパーマカルチャー研究所ですが、

permaculture-lab.com

こんなところです。

衣食住できる限り自分たちの手で作り出してます。

私たちが滞在するのも、2m強×5m強のプレハブ小屋の予定。

うー寒そう。

 

現在、祖母の家を改修しています。

先日、地域で古民家改修のサポートをしている方とお話ししてきたのですが、

思ったよりも低予算で、自分たちの思うような形になりそうな予感がありました。

夫は電気工事士?の資格をとって自分で配置したいとか、

水道管むき出しの手洗い場作りたいとか、

キッチンもテーブル、椅子も作ろうと溶接セミナー行ったりしています。

めっちゃいい働きしてくれています。w

手仕事が好きなんですかね。

今住んでいるマンションにも、自作の棚をたくさんつけてくれました。

できることは自分でやりたいという「自立」の精神を持っています。

 

そういう意味で、パーマカルチャー研究所では、

自分の手でできることの幅を増やせる体験ばかりなので、

夫はそんな生活を楽しみにしているようです。

 

私は、そういうのはあまり得意でなくて。

正直に言うと、あまり興味がなくてw

私はどちらかというと、精神世界の自立を求めています。

 

社会的自立、経済的自立、精神的自立がしたい。

 

パーマカルチャー研究所の所長は、それも果たしている方です。

その方とご家族と密着して過ごして、少しでも近づきたいと思っています。

 

 

まず、経済的自立。

私は、14年間、公立の小学校教員をしていました。

立派なお給料をいただいていました。

親に頼ることも、住宅ローン以外で借金をすることもなく、

経済的に自立していたように見えました。

でも、完全に依存体質でした。

 

 お給料は自動的に口座に入る

 年金保険はお任せ

 ボーナスの査定とか興味ない

 貯金はある、でも実際いくらあるか把握できていない

 無意味に貯金

 

これ、一つも自分で考えてない。

困らない程度にあるのはわかっています。

でもどれだけあるの?これから無収入になるけど大丈夫?

ある のに なぜか不安

という本当に意味のないストレスを抱えている時期がありました。

お金の勉強もして、本当のお金の意味がわかって、

今は出ていくことに心配がなくなったので、楽になりました。

(お金のことも追々書いていきますね)

 

でも本当にこれから支出ばかりが増えて、収入がない、だと

また不安も襲ってくるでしょう。

経済のことをもっと理解すること、

自分で収入を作っていくこと、は

これからの私達には必要なことです。

 

今考えているのが、

お金と寝食共にするキャンペーン!ww

もっともっとお金と仲良くやっていきたいので、

今あるお金を全部現金に変えてみる、

持つ、見る、話す、聞く、さよなら、ありがとう

って暮らしてみようと計画しています。

我ながらウケるww

 

 

次に、社会的自立。

これも、教員として社会的に重要な役割を果たしてきたようですが、

仕事にも依存していました。

 

 教員だから、これをやるべき

 この学校のルールだから守るべき(学校によって文化がある)

 お上の命令だから、従うべき

 忙しいのは当たり前

 

全然自分で考えてない。

自分は、何が得意で何を提供できる人で、社会に何を求められているのか、

今だったら、教員としても全く違う働きぶりをしていたことでしょう。

以前にも書きましたが、私は臨機応変さを求められる教員は不向き、

じっくり一つのことを突き詰める研究者気質なので、

現在の学校教育には戻りません。

それが社会にとっても私にとってもベストな選択。

でも、教育には興味があります。

私の研究気質を生かして、どのようにか関わろうと考えています。

 

パーマカルチャー研究所での生活にて、感覚が研ぎ澄まされることで、

私の才能はもっともっと開花するんじゃないかと思っています。

また、所長も才能についてお詳しいので、その辺も学ばせていただきます!

 

 

最後に、精神的自立。

仕事と育児に追われ、いっぱいいっぱいになり、

ついにはうつ病と診断され、休職・退職した私です。

仕事にも子どもにも家事にも振り回されていたということ。

 めっちゃ依存体質、自立とは正反対にいました。

私はそこにいなかった。

 

 私って一体何者?

 何がしたいの?

 何が好きなの?

 

これが一切わからなかった。

でも、今はわかる。

すべてわかる。

私が今ここにいる使命も、

何が好きで、何が得意なのかも、

なぜ引っ越すのか、なぜ祖母の家を改修するのか、

なぜ情報発信しているのか、

すべて説明がつく。

 

うわー、私って自立したんだなぁ。って書いていて嬉しくなりました。

自分という存在に自信がある。

自分の言動に自信がある。

だからいろんなことを決断できるようになったし、

弱い自分もさらけ出せるようになった。

だから誰かが助けてくれて、人生が絶好調なんですね。

 

でも、まだまだ未熟なのもわかっています。

未熟だから成長する、そんな私だからこそ伝えられることがある。

 

成長して、また伝えることを得るために、

パーマカルチャーで度肝を抜かれる体験をしてきます!

 

 

これからの時代、自立です。

仕事も生活も人生も、持続可能とするには、

自立 していないと倒れます。

私は倒れましたが、

きっと、倒れまいとがんばって踏ん張っている人は多いと思います。

 

それ、持続可能ですか?

 

頑張るんじゃなくて、

場所を変えちゃいましょう、やることを変えちゃいましょう、

そしたら、楽に楽しく生きていけるんですから。

 

これから、もっともっと変化は激しくなりますよね。

そしたら、もっともーっと踏ん張らなきゃいけないですよね。

辛い。辛すぎます。

 

まずは、自立です。

自分を振り返って、自分がいるべき場所をもう一度考えてみてください。

頑張りすぎていませんか?

いったん安全な場所に移動して、休んでみてください。

そして踏ん張っていた場所を眺めてみてください。

 

やっば。私よくあそこでがんばっていたな。

 ↑ 教員時代を思い出した、今の私の心境ですw

 

これからの居場所も仕事も人生も、自分で選択できるんですからね!