元小学校教員の世の中もっと良くなるんじゃないかブログ

小学校教員病休→休職→退職。幼い2児の育児中。未来を背負う子どもたちが、無限大の可能性を持って社会に出ていけますように。

新築マンションを買っても、結婚しても、痩せても、幸せになれなかった私

おはようございます。kazです。

 

金曜の夜のこと。

お風呂から父と子2人の

幸せなら手をたたこう♪」

が聞こえてきて、幸せな気持ちになったのをきっかけに、

なんでこんなに幸せな気持ちを持てるようになったんだろう、

と考えていました。

 

悲しいかな、私ずーっと満たされていなかったんです。

その瞬間、瞬間では、幸せ〜とか思うけれど、

また何かあると、どうして私だけこんな不幸なんだろう…って、

結局元に戻ってしまう。

だから、また幸せを求めて行動する。

一時的に幸せを感じ、また元に戻る、の繰り返し。

 

ベースにあるのが、「私は幸せじゃない」という状態で、

それを何かで埋め合わせて、「幸せ」な状態を作っていた、

という感じですかね。

 

そして、

学校に行けなくなって、病休に入って、休職して、退職して、

この字面だけ見ると、幸せとは程遠いような半年間を経て、

本当の幸せを実感するようになった。

心から満たされている感じ。

 

今度は逆パターンで、

 

何か問題が起こると、一時的に落ち込んだり、イライラしたりするけれど、

それも通過点と捉えることができて、

ポジティブに受け止め、幸せ状態に戻る。

 

つまり、ベースが「私は幸せである」という状態なんですね。

 

有名人の著書を読む等して、

苦しみを経験した人こそ新しいものを生み出せる、

それを経験していない人とは違う世界が見られる、

なんてことを、漠然とですが思っていました。

だから、苦しみを乗り越えた私も、

何と言うか新しいステージに行けたのかな、

それで、今まで感じられなかった満たされ感を得られるようになったのかなーと。

 

徹底的な、これがあったから変われた!

というものがなく、

ぼやーっと、

わかるようなわからないような感じでした。

 

それが、昨日、徹底的なこれ!が見えました。

私が幸せを感じられるようになったのは、

 

真実に近づいたから

 

なんだと思います。

 

抽象的すぎて、何のことやらさっぱりですよね。

 

もう少し落とし込んで言うと、

 

無知を知って、そして手放して

真実に近づいたから。

 

わかりづらくてすみません。

まず、無知とは、

本当に大事なことは何か、がわかっていなかったということです。

 

新築万書を買っても、新車を買っても、

素敵な服を持っていても、美味しいごはんが食べられても、

海外旅行に行けても、安定した職があっても、

貯金が増えても、

仕事で認められても、

家をきれいにスッキリさせても、

植物を育てても、

脱毛しても、痩せても

結婚しても、出産しても、

幸せになれませんでした。

 

これらは、幸せになるために全部実践したことです。

もちろん一時的に幸せな気分に浸れますが、長く続かなかったのです。

これらは私の人生において大事なことではなかったんですね。

 

学校に行けなくなったのをきっかけに、

病休、休職の決断に迫られ、

仕事で認められていた私を手放しました。

復職するか、退職するかで悩み、

安定した職、経済的余裕を手放しました。

 

仕事、育児で手一杯だった私は、

自分が倒れてしまう危機状態だったので、

何を優先すべきかを決めなければいけなかったんです。

自分にとって大事なことは何か、

手放さなきゃいけないものは何か、

考えに考え抜きました。

 

手放すのは、辛いですよ。

だって、今まで幸せになれると信じて築いてきたものですから。

 

でも、この過程があって、本当に大事なものがわかりました。

 

私自身と家族です。

 

これを守ること、これを愛で包むこと、

それが私のやることです。

 

じゃあそのために具体的に何をすればいいか、

と考えると、いろんなことがとてもシンプルになりました。

 

子どもへの対応、

食べるもの、料理するもの、

買うもの、捨てるもの、断るもの、

何を仕事にするか、何にエネルギーを注ぐか、

今何をするべきか、

 

そこから、

私たち家族が幸せであるための未来をつくっていかなきゃいけない、

未来を託す子どもたちを取り巻く環境が重要だな、

教育問題に取り組まなきゃ、

子どもや孫世代のために、地球環境をよくしていなきゃいけない、

環境問題なんとかしなきゃな、

 

みたいな感じで、今の自分の行動が 決まってきました。

 

仕事においても生活においても、

自分や家族を幸せにするための選択ができるようになり、

「私は幸せである」状態が根付いたのです。

 

何を大事に生きていけばいいか、

これを知らずに生きてきたんだと思います。

これが私の言っている、無知を知る、です。

 

無知によってかなり振り回されて生きてきたんだなーと、思いました。

大事じゃないものに一生懸命になって、

そりゃあ神経すり減ります。

 

そしてまだ無知に振り回されている感はあります。

まだ気づいていない無知、

手放せていないものはたくさんあるということ。

 

最後に、

自分で読み返して、あれ?と思ったのですが、

結婚しても出産しても、幸せになれなかった、

というところ、

結婚したから幸せになれる、

出産したから幸せになれる、

と思っていたんですね。

でも結婚も出産も一時的なものではなく、

通過点であり、それをどう営んでいくかに目を向けなくてはいけなかった、

それを知らなかった、ということです。

 

自分の本当に望んでいるものと全てが一致したら、

ものすごい満ち満ちた世界が待っているんだろうなー。

未来は捨てたもんじゃない、

というか、未来は明るい、

そう信じられます。